2004年10月12日
リベンジ ファイナル (家族用滞在許可証が欲しいんです)
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| 【前回までのあらすじ】 妻と子供は去年の5月からミラノで生活しているにもかかわらず、滞在許可証を持っていない。 なんやかんやしてるうちにえらいことになってしまい、 うちの社長を通して警察のお偉いさんに口を利いてもらった。 そのかいあって、家族用滞在許可証の『引換券』までは取得できた。 なぜ『引換券』のみかというと、まだ不足資料が残っていたためである。 これは夏休み前までの出来事である。 バックナンバー(っていうのかこれ?)は こちら⇒ 家族用滞在許可証が欲しいんです≫ |
それは、夏休み明け、9月第一週目のことだった。
引換券を本物の許可証に交換してもらうべく、会社のおっさんアントニオに、警察に連絡をとってもらった。
すると、
「まず、足りなかった資料をよこせ。それを確認して許可証を作成する。」
とのこと。
ワターシの常識が正しければ~、
許可証はすでにできていて、不足資料と引換券を持っていけば、即、許可証と交換してもらえる、
ということになっているべきである。
そうなるに十分な期間はあったはずである。
なんせ、本来なら即日発行可能な許可証なのだから。
まぁ、いいだろう。
もう、このくらいのことでうろたえるほど僕はナイーブではなくなった。
早速、アントニオに、不足分だけでなく全ての資料と引換券のコピーを預け、持っていってもらった。
◇ ◇ ◇ ◇
その後、
うんともすんとも連絡がない。
アントニオに催促をした。
アントニオ曰く、
「連絡したけど『もうすぐだ』って言うだけで、いつできるか教えてくれないんだよ。」
とのこと。
アントニオに会うたび催促するが、
アントニオは「連絡が来ない」の一点張り。
おまけに、アントニオは、人の話を最後まで聞かないうちに話し始める、 "かぶせる会話術"の持ち主なので、アントニオと会話するのはスムーズにいかない。 骨が折れる。
こんなアントニオに、僕は半ば切れ気味で言った。
「アントニオさんよー、あんた何年イタリア人してるんだよ。
警察のやり方を知らないわけじゃないだろう?
待ってたって一生連絡来ないよ。」
もう、何週間も前の話である。
◇ ◇ ◇ ◇
そして、月日は流れ、本日、2004年10月12日、出頭の日となった。
朝から会社に妻子を連れて行き、アントニオの運転する車で警察まで。
警察の守衛の所で待つこと数分、女性が現れた。
初めて会う人だ。
今回はレイナさんではなかった。
ちょっと残念だったが、 この女性、終始笑顔で対応してくれた。
良い人だ。
そして、前回と同じく部屋の外で待っていると、すぐに我々の番が来た。
妻だけが部屋に通された。
と思ったら、すぐ出てきた。
手には滞在許可証が。
滞在許可証が。
滞在許可証が。
滞在許可証が。
とうとう、
とうとうこの日が来た。
いや、
「ようやく」と言うべきだ。
本日『家族用滞在許可証』ゲット!!!!!
そして、その後、さっさと警察を後にした。
あっという間の出来事だった。
なんともあっさりだ。
我々は、この、あっけなくあっさりであっという間の出来事の為に、いったいどれだけ時間をかけただろう。
へんてこなイタリアのルールに振り回され、
不親切な警察に振り回され、
やる気のない会社の連中に振り回され、
色んなものにぶるんぶるん振り回されたけど、
俺達は手に入れたぞ、滞在許可証。
もののふの意地を見せたぞ!(←関係ない)
今まで、いろんなことがあった。
何ヶ月もかけて集めた資料が全て水の泡になったこともあった。
朝3時から並んでも窓口すらたどりつけなかったこともあった。
でも、
このペラッペラの、複製しようと思ったら簡単にできそうな、
このペラッペラの、写真なんてホッチキスで適当に留めてあるような、
このペラッペラの、濡れたら一巻の終わりになりそうな、
このペラッペラの、一枚の紙切れの滞在許可証を、手にした瞬間、
あのアホらしい処理から開放された。
もう、
こんなこと、しなくていいんだ、エニモー。
こんなこと、二度とごめんだ、エニモー。
ばんざーい
ばんざーい
ばんざーい
これで、うちの家族はなんの後ろめたさもなく、生活できる!
(特に、海外旅行時ね。)
応援してくださった皆さん、
日記読んでくださった皆さん、
ありがとうございました。
なぜだかわかりませんが、
きっと皆さんのおかげです。
次は、家族のIDの取得を狙ってます。
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